ユトリロも私生児という境遇と、母の不安定な生活とに挟まれて、どんどんアル中になっていった。やがて医者にかかるようになり、その時ユトリロを診ていた医師が、彼の精神を外に向けるために、絵を描かせたらどうか、と母親に提案したのが画家ユトリロの誕生だった。ユトリロはこのきっかけから、やがて画家として生きていこうとしたが、アル中は一年中だった。ユトリロから絵とお酒をとったら何も残らないと言われた程だ。モディリアーニも彼の飲み友達だった。二人は無銭飲食して警察に追われるが、ユトリロはモンマルトルの地理に詳しく逃げおおせたのに、モディリアーニは地理を知らず捕まってしまう。
酒に溺れ、酔いつぶれてみんなに馬鹿にされていたユトリロでも、徐々に絵の才能も認められるようになった。白を基調とした絵の時代を「白の時代」と呼び、ユトリロの作品の中では一番評価が高い。晩年になっても酒は治まらず、画商に囲われて全盛時代の絵を描かされていたと言われる。彼のこのような生涯からも、彼の絵に人物が描かれることが少ないことがわかる。ちなみに友人のモディリアーニは奥さんをモデルに、例の首の長い女人像を描いているが、すべて目に黒目はなく、白目だけなのだ。
一枚の版画から、ユトリロに目覚めた私は、今書いてきたようなユトリロの人生に触れるようになったのだが、絵を知っていくにしたがい、ほとんどがモンマルトルの小路を描いていることに気がついた。そしてそれらの道は今も現存して、訪ねるとユトリロの時代に、そして彼の人生に入っていくことができる。それが地図1で、これもたった一枚の絵から発展していく楽しみの一つだ。
そして、私の関心は佐伯裕三と荻須高徳に向かっていくことになってしまう。