舎利塔の話も3回目を迎え、今回はこれの金工的技術を見ていこう。
全体写真は写真1となる。高さは約5cmで、第49号「アンティークの舎利塔 そのT」で紹介した写真の一番右に写っている物だ。
さて、これを分解してみよう。こんな事をやる人は細工や機械好きの人で、信仰心の厚い人にとってはとんでもない事であるが、ここでは仕事ぶりを見るために勘弁してもらいたい。
イラスト1の説明であるが、構造は外観で見るより複雑に作ってある。中心の本体にはカバーA、B、Cが収納されている。カバーAにはa、カバーCにはcの飾り面が付いているが、カバーBにはそれがない。カバーAとカバーCで飛び出さないように押さえられているからだ。カバーAの飾り面aは実は2つに分かれていて、イラスト2のようにdとeになっている。この淵にヤスリを施し、豪華さを出しているのであるが、見てもらいたいところは様々な箇所にこれだけ手を施しているという事だ。
そしてなぜこういった構造になっているかと言うと、当然の事ながら中に入っている舎利(仏の骨に見立てたメノウ)の出し入れの為なのである。
びっくりしたのはカバーAの後ろにメノウが飛び出さないために入っている、透明な板だ。ガラスだろうと思ったら、水晶だった。屈折率の測定からそう分かったのだが、キズなく約2.2cmもの大きさの板を得る為には大きな水晶の結晶が必要で、それを2ミリ弱の厚さに磨くのも手間のかかる作業である。
舎利塔の横部分(写真2)は一枚の板から、透かしでこの唐草文様を切り抜いており、ある程度円形にしてから透かしたと思われる。
また土台の一番下部には魚子(ななこ:彫金技法の一種で金属の表面に魚卵状の小さな粒が一面に並んだように突起させたもの)のタガネ打ちとその彫り文様(写真3)、その上部の蓮弁の線彫りやそれが宝珠部分に連なっていく柱の彫り(写真4)、そして宝珠内部の蓮弁の細かい彫り(写真5)が施してあり、そこにも注目してみてもらいたい。
これらの写真において地金の色が金と銅(赤)の部分があるが、これは素材の銅板に金ケシ(古代の金メッキ)が施してあるからだ。永い年月、それが部分的に取れて下地の銅が出ているのである。
(写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます)
08/03/05
|