Karl Fritsch(カール・フリッチ)は、ドイツ出身のジュエリーアーティストで、世界各地で展示会等を行っている。 彼の作品の制作方法は実に面白い。粘土状のワックス(注1)を使って思いつくまま、手でどんどん形を作ってしまう。その姿はまるで土いじり、陶芸家のようだ。金属の仕事は1個の作品をじっくり時間をかけて作っていくのが普通で、彼の制作方法は、長い間金属の仕事に携わっている人にはとても考えにくいことなのだ。
彼から聞いた面白い話がある。今から10年程前、NYの友達のパーティーで知り合ったおばさんに、自分はジュエリー作家だという話をすると「そう、じゃ明日うちに来なさい」と言われ、作品をいくつか持っていったそうだ。で、作品を見せたら「来月うちの大学で少し私のかわりに授業をやってみなさい」と。よくよく話を聞くと、なんと彼女はNY大学の課外授業でジュエリーを教えている先生だったのだ。一瞬にしてそこまで認められたカール・フリッチの実力も、そして、いきなり彼に授業をやらせようとするアメリカ人らしい心意気も素晴しい。
彼の仕事場を見てみよう(写真1)。主観的感覚にまかせて作ったものが、テーブル一面に広がっている。この中から、客観的な目でどれを鋳造(注2)するのかを決めていくそうだ。写真2,写真3を見ると子供のおひねり遊びのように見えるが、こんなに自由で大胆な指輪は見たことがない。
ジュエリーというと、洗練された0.1ミリの世界で繊細に仕上げる世界もあるが、彼はその反対の極にいる人。小さな石をリングに留めるのも、とても細かい仕事になるのだが、彼はワックスの状態の時に石を入れ込んで、そのまま鋳造をして鋳込んでしまう。その作品が写真4、グリーンの石埋めリングだ。
もう一つ、彼の作品の流れを見てみよう(写真5)。石を接着剤で盛り込んでしまうリングだ。このデザインのユニークさを味わってもらいたい。接着剤でつけた石が取れないように、らせんでカバーしている。こんなデザインはとても考えつかない。写真6が最近の彼の作品で、同じく石を接着している。ジュエリー職人からすれば、接着剤で石を留めるなんてとんでもないことだし、どこかにぶつかれば石は取れてしまう。でも、そんなことをお構いなしに作るのは彼の真骨頂で、なかなかこういうふうに思い切れる人はいない。新しい新境地を開いた彼の世界を展開している。
このリング、じっと見るとある動物に見えてくる。そう、うさぎだ。彼に「ウサギなの?」ってドイツにメールをしてみたら「良くわかったねー!!! 」という返事が返ってきた。石を盛り付けていくうちになんとなくウサギに似てきて、よしウサギにしよう! と思い立ったらしい。危なっかしい石の留め方、それをかまわずにやってしまう彼の大胆さ。この迫力がいい。
注1:蝋の一種。作品の原型をつくるもの。
注2:ワックス(蝋)で形を作ったものを石膏型に埋めて型を取り、そこに銀を流し込んで製作する。
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※Karl Fritsch
ミュンヘンのAcademy of Fine Artsでは、ヘルマン・ユンガーとオットー・クンツリ氏に師事。1989〜1990年にニューヨーク大学講師を経て、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカなどの大学で客員講師を務める。
ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなど世界各地で多くの個展、グループ展を開催し、世界的にも有名な、Stedelijk Museumステデリックミュージアム(オランダ)やSchmuckmuseum Pforzheimプフォルツハイムシュムックミュージアム(ドイツ)、The Alice and Louis Koch Collectionアリス&ルイス・コッホコレクション(イギリス)などに作品が所蔵されている。 |
06/02/20
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