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第106号 パリ・ロダン美術館U

 前回のロダン美術館の翌日、ルーブル美術館にも行ってみた。夏休みとあって観光客の列が長い。まず一時間以上は並ぶという感じだった。

 ここでもパリ・ミュージアムパスは列に並ばなくても入れるという特権がある。日本で買って行くと6400円もしたので、今度はパリで買おうと思った。ただし、パリで買うなら一回は並ぶ必要があり、時折パスが在庫していないこともフランスではある。それを考えると日本で買った方が確実かつ早いかもしれない。

 さて、ルーブルは20回は来ているので展示は見ずに、いつも行く版画ショップか本屋に直行する。人が多くてざわついているとじっくり絵の中に気持ちが入らないからだ。版画ショップは本屋の二階にあって、私のなじみの場所だ。以前私の書いた「世界のジュエリーアーティスト」を置いてもらった縁もあり、店内には親しみがある。

 さて、版画ショップはルーブルの所有する版画原板(石版等)を時に応じて、刷り直し販売している。楽しいのは、ナポレオンがエジプト遠征した時に博物学者を200人も連れて行って、エジプト文明やナイル川などの現地の生物や遺跡を調べた結果の本がある。ナポレオンの「エジプト誌」といわれ、一番大きいサイズは1m以上ある。当時は150部ほど作られ、今では各国の国立図書館に1、2冊ぐらいある。日本の国立国会図書館にも1冊ある。その印刷は石版画で行われ、その原板がルーブルに保存されていて、時折刷り直ししてくれる。そのうち、博物のページにはナイル川の気持ち悪い虫たちが鮮明に描いてある珍しい版画だ。写真1がそれで、ナイル川の虫が描かれている。これは縮小版でも42×59cmある。写真2が虫の一つのアップ写真で、貝殻を身にまとっている。ナイル川にはこんな虫がいるのだ。また、美術の教科書に載っている画家の版画も刷り増ししている。日本の作家で有名な藤田嗣治の有名な猫や、ドガの踊り子など、過去に何枚か買ったことがある。いずれも本当の版画なら30〜50万円するものが10万円以下で買える。もちろん、ルーブルのスタンプがエンボスで入っている。今回は珍しく、モジリアーニがあった。それが写真3だ。モジリアーニの油絵は、数十億以上はするのでとても買える値段ではないから、こういう版画で楽しんでいる。まだモジリアーニが人物の目を描いている時代のものだ。



 さて今回は目標を変えて、彫刻作品の複製を買おうと狙いを定めた。エジプト王朝時代のものから近代作家まで、ルーブルがその実物を持っているものが中心だ。今回約100体ある中で3回全部見比べ、今私の目で見て一番優れていると思われるものを2体選んだ。その中の一体が写真4だ。高さは40cm程あり、それが偶然にロダンの作品「カレーの市民」の群像(写真5)の一人だった。名前はヴィッサンという。前日、ロダン美術館に行ってヴィッサンの頭部(写真6、高さ13cm)を買ったのだが、それがこの写真2の彫刻を選んだ理由ではない。一番自分が気に入った優れたものと選んでいたら偶然一致したのだ。

 私は、ロダンにはある縁から興味を持ち、色々調べていたが、この作品「カレーの市民」には特に興味はなかった。しかし、この像を手に入れてからは本物のカレーの市民について興味を引かざるを得なかった。調べてみるとなかなか興味深い。これはカレー市がロダンに制作依頼したものなのだが、その理由はこうだ。

 中世14世紀、フランスとイギリスは百年戦争といってしょっちゅう戦っていた。ワインで有名なボルドーですら数百年もイギリス領だったこともある。地図でカレー(Calais)の位置を見ると、ドーバー海峡を隔てて、イギリスと真向かいにある(写真7)。これでは攻められても仕方がないというほど近い。英国王エドワード三世の猛攻に耐えきれず、長い籠城の後、エドワード三世の出してきた要求「6人の市の有力者が市の鍵を持ち、全員首に縄を掛けて出てこい。そうすれば市民の命は助ける」(写真8の一番右側の人物が両手に持っているのが市の鍵で、左より2番目の人物の肩にかかっているのが縄だ)に応え、市の有力者たちが自ら、自分たちが行くと言って市民の命を救ったという実話が残っている。6名は、エドワード三世の王妃に、全員を助けるなら彼らも助けた方がよい、と言われて彼らは助かったのだ。

 さて、近年になって市がその英雄的行為を讃えるため、ロダンに制作を依頼したのだ。もちろん英雄的な人々だから、死に臨んで堂々たる姿勢の6人を期待していたのだが、ロダンから見せられたものは絶望している彼らの姿だった(写真9)。確かに、市の鍵を右の1人が持ち、全員が首に縄を掛け、嘆きの表情をしていて、市は最初受け入れられない、と言ったそうだ。ロダンは依頼を受けても相手の希望通りのありきたりにはつくらない。

 

 

写真1
<写真1>



写真2
<写真2>


写真3
<写真3>



写真4
<写真4>

写真5
<写真5>
写真6
<写真6>


写真7
<写真7>
写真8
<写真8>





写真9
<写真9>

 小説家バルザックの像をフランス文芸家協会から受けたときも、堂々たる像を期待していた協会に対し、破れた僧衣を着て、ずた袋を下げたバルザック像をつくり、受け取りを拒否された。しかしロダンは、バルザックのスケッチを、バルザックが嫌がったので窓越しに何枚も描いたり、バルザック出身の土地に行ってその気質を聞いたりして、自分のバルザック像をつくりあげたのだ。

 今では、この二つの彫刻共、芸術作品として優れていると認められ、カレーの市民像もカレー市をはじめ全世界に12セットもある。日本では上野の西洋美術館入口を入ったところに高い台座の上に立っているので是非見て欲しい。

 さて、私がルーブルでこの小さな縮小像を買ってから考えたことがある。実際にこの像をカレーの市民の実作の前に置いて比べたかったのだ。もちろん、6人の中のヴィッサンとだ。西洋美術館に持ち込んでまず思ったことは、とてもうまくバランスをとって縮小してあることだった。そして、一つひとつの部分を比べてみた。もちろん顔が一番だ。頬の筋肉が省略されているのが見られた。「そんなことをしてどうなんだ」と言われそうだが、もし、この小さい像がなかったらロダンの作品の顔や体、手、足などの筋肉の表現を一つひとつじっくり見られなかったと思う。

 例えば、写真10は同じくロダン美術館で購入したものだが、自分の手と比較してみると、ロダンの粘土による表現を垣間見ることができる。中指の表現を見てみると、指が細く、関節がかなり強調されている。実際の指はもっとふっくらとしている。だからこそ、この指や手の力強さが出ていると感じさせられる。この表現は、東京の入谷にある朝倉彫塑館で、朝倉文夫の彫刻を見ると違いがよくわかる。朝倉の作品は、顔や手の表現がかなりふっくらとしている。また、このカレーの市民は、一つだけの彫像と違って、六体の配置もとても重要になる。世界に何十セットとあるが、その配置指定と人物の向きはどうしているのだろう。この六体の周りをグルグル歩いて回って一番美しいのはどこだろうと見てしまう。


写真10
<写真10>

15/1/27

(写真をクリックして拡大してみてください。

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